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舞鶴引揚記念館

3月17日(水)~23日(火)まで、横浜赤レンガ倉庫1号館 で「舞鶴引揚記念館 全国巡回展in横浜」初開催!

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舞鶴市所蔵の「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料、横浜に初登場!終戦直後に海外からの引揚者を受け入れた引揚港・横浜から、薄れゆく「引き揚げの史実」と「平和の願い」を国内外に発信!

舞鶴引揚記念館(館長:山下美晴)に事務局を置く舞鶴市世界記憶遺産保存活用推進委員会(会長:東京女子大学教授・黒沢文貴)と、京都府北部の日本海に面する“引き揚げのまち”の舞鶴市(市長:多々見良三)は、同委員会の「シベリア抑留と引揚事業の史実の継承」を図る活動の一環として、「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料を中心に、シベリア抑留と引き揚げに関わる現物資料などを展示する「舞鶴引揚記念館 全国巡回展in横浜 ~引き揚げの記憶と平和への願いを世界へ!未来へ!~」を初開催します。
日時は2021年3月17日(水)~23日(火)の7日間、10時30分~19時(3月17日は11時30分から、23日は17時まで)。
場所は横浜市中区新港・横浜赤レンガ倉庫1号館 2階スペース。入場無料です。

2021年3月10日
舞鶴市世界記憶遺産保存活用推進委員会
京都府舞鶴市

「舞鶴引揚記念館 全国巡回展」は、市直営の舞鶴引揚記念館の収蔵資料570点が、2015(平成27)年10月、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の「世界記憶遺産」に登録された(登録資料名:舞鶴への生還 1945-1956 シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録)ことを契機として、引き揚げの史実継承と平和の願いを国内外に発信することを目的に、2016(平成28)年秋からスタートしました。

開催地は、舞鶴市と同様に、海外から日本人引揚者を受け入れるための「引揚港」に指定された港を有する都市に限定しています。今回の巡回展は、横浜港が1945(昭和20)年11月~12月に引揚港に指定されたことを受け、横浜市で開催することになりました。

今回の横浜会場では、横浜初登場となる39点の「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料(レプリカ)を含む、68件73点を展示します。
「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料は、昭和にヒットした歌謡曲「岸壁の母」のモデルとなった端野いせさんが、舞鶴引揚援護局に託した息子(新二)宛ての葉書などの郵便物類や、シベリア抑留者が帰国後に描いた体験画など39点。特に、シベリア抑留者が抑留中に家族や故郷を想い、紙の代わりに白樺の皮に約200首の和歌を書き記した「白樺日誌」や、シベリアの収容所や作業場の様子を現地で描いた「スケッチ ブック」、収容所の仲間の日本の住所を記した「手作りのメモ帳」は、収容所やシベリアからの帰国時の厳重な所持品検査でも没収されず、奇跡的に日本に持ち帰ることができた希少性の高い資料です。

また、抑留者が水同然の具の無いスープを飲むために、収容所に落ちている金属片や白樺の木で作った「手作りのスプーン」のほか、白樺の破片を材料に自作した「麻雀牌」や、実際に使用していた防寒コート、軍靴、手袋、帽子、水筒、飯ごうなどの実物資料を展示するほか、入口付近に、舞鶴平湾に造られた「平(たいら)引揚桟橋」を再現した大型模型や、引揚者を出迎えた「歓迎塔」の模型などを設置し、当時の雰囲気を感じられるような会場づくりを施しました。

【舞鶴引揚記念館 全国巡回展in横浜 概要】
■催事正式名称:「舞鶴引揚記念館 全国巡回展in横浜
         ~引き揚げの記憶と平和への願いを世界へ!未来へ!~」
        ※横浜市では初開催(今回の横浜市が通算10か所目)
■開催期間:2021年3月17日(水)~23日(火)までの7日間
■開催時間:10:30~19:00 
        ※初日(3月17日)は11:30から、最終日(3月23日)は17:00まで
■開催場所:横浜赤レンガ倉庫 1号館 2階スペース
■所在地:〒231-0001横浜市中区新港1-1-1
■アクセス:みなとみらい線
       「馬車道駅」または「日本大通り駅」 から徒歩約6分
       「みなとみらい駅」から徒歩約12分
     JR・市営地下鉄
       「桜木町駅」から汽車道軽油で徒歩約15分
       「関内駅」から徒歩約15分
■入場料:無 料
■主催:舞鶴市世界記憶遺産保存活用推進委員会、京都府舞鶴市
■協力:横浜市教育委員会

■展示点数:「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料(レプリカ)39点と
      現物資料を含む68件73点
■展示内容:
・「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料(レプリカ)
舞鶴市が所蔵する「シベリア抑留」や「引き揚げ」関連資料のうち、人類が共有すべき世界的に重要な遺産として認められた「ユネスコ世界記憶遺産」登録資料を展示します。
 ・「岸壁の母」のモデル・端野いせさんが引揚援護局に託した
  息子(新二)宛ての葉書
 ・舞鶴市出身のシベリア抑留者が、抑留中に紙の代わりに白樺の皮に、日本にいる
  家族や故郷への想いを約200首の和歌に書き記した「白樺日誌」
 ・シベリア抑留中に収容所や作業場の様子を現地で描いた「スケッチブック」
 ・帰国後に、シベリアの収容所での暮らしや労働の様子を描いた「抑留体験画」
 ・シベリア抑留者が日本の家族とやりとりをした「俘虜用郵便葉書」
 ・モスクワ放送の安否情報を聞き取った若者が、留守家族へ放送内容を送った葉書
・シベリア抑留中、実際に抑留者が使用していた衣類や生活用品など(現物)
 ・実際に使用していた防寒コート、軍靴、手袋、帽子、水筒、飯ごう など
 ・収容所に落ちていた金属片を溶かしたり、白樺を削って作った
  「手作りのスプーン」
 ・白樺の破片を材料に制作した「麻雀牌」
・再現模型やレプリカ など
 ・終戦後、舞鶴平湾に造られ、約66万人の引揚者を迎えた
  「平(たいら)引揚桟橋」を再現した大型模型
 ・引揚者を出迎えるために舞鶴市内に建てられた「歓迎塔」の模型
 ・出迎えの家族が引揚者の名前を書き、桟橋付近で掲げた
  「のぼり旗」(レプリカ)
 ・ナボイ劇場(ウズベキスタン共和国)の壁に設置されている
  「日本人抑留者を称えるプレート」の実寸大写真

■来場者が無料で体験できる内容
・シベリア抑留中の食料分配体験
収容所では、固く酸味の強い黒パンや具の無いスープが、わずかに与えられるだけで、抑留者たちは慢性的な飢えに陥っていました。そのため、平等に食料を分けるために即席の「天秤ばかり」が使われました。
会場では、「天秤ばかりと黒パンの模型」を使って、どなたでも黒パンを均等に分ける 体験ができます。

■新型コロナウイルス感染対策
・来場時は、必ずマスクを着用し、手指アルコール消毒をお願いします。
・体調不良(発熱、強いだるさ、咳、咽頭痛などの症状)の方は、入場をご遠慮ください。
・横浜赤レンガ倉庫の新型コロナウイルス感染拡大防止のための取り組みとお願いは、
 以下を参照してください。
 https://www.yokohama-akarenga.jp/pdf/344.pdf

■備考
・本巡回展は、令和2年度文化庁「地域と共働した美術館・歴史博物館創造活動支援事業」で実施しています。
・新型コロナウイルスの影響やその他の状況により、中止または内容を変更する可能性があります。

【一般のお客様からの問い合わせ先】
舞鶴引揚記念館(舞鶴市世界記憶遺産保存活用推進委員会 事務局)
直通電話:0773-68-0836(9:00~17:00)
E-mail:hikiage@city.maizuru.lg.jp
公式HP:https://m-hikiage-museum.jp/
Facebook:
https://www.facebook.com/maizuruhikiagekinenkan/

《歴史的背景1:第二次世界大戦の敗戦と引揚事業》
第二次世界大戦の敗戦に伴い、日本政府は、海外諸地域に残された約660万人の軍人や民間人を速やかに日本に帰国させる「引揚事業」を、国の事業として開始することになり、海外からの引揚者を受け入れるために、舞鶴港をはじめ、横浜・呉・博多・佐世保などの港を「引揚港」に指定し、引揚者の帰国処理を行う引揚援護局を設置しました。
終戦直後から、中国・朝鮮半島南部・東南アジアなどからの引き揚げが比較的順調に進んだのに比べ、当時、日本と国交がなかった旧ソ連に抑留された軍人や民間人の引き揚げは、容易には進みませんでした。

《歴史的背景2:引き揚げのまち・舞鶴》
1946(昭和21)年中には約9割の引き揚げが完了したことから、1950(昭和25)年、舞鶴港以外の引揚港が閉鎖され、1950(昭和25)年以降は、舞鶴港は“日本で唯一の引揚港”となりました。
舞鶴市は、1945(昭和20)年~1958(昭和33)年までの13年間にわたって、旧ソ連や朝鮮半島、旧満州(現在の中国・黒竜江省など)から、約66万人の日本人引揚者とシベリア抑留者を迎え入れたことから、 “引き揚げのまち”と呼ばれるようになりました。

※参考1:「ユネスコ世界記憶遺産」とは
「世界記憶遺産」は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が実施する事業の一つで、手書き原稿、書籍、新聞、ポスター、図面、音楽、フィルム、写真などの【記録資料】を対象とし、世界の重要な記録物の保存とアクセスを推進することを目的に、1992(平成4)年から登録が開始されました。審査は2年に1度行われ、これまでに「アンネ・フランクの日記」(オランダ)や「ベートーベンの手書きの楽譜」(ドイツ)など、日本を含む世界で427件(2017年10月現在)が登録されています。
舞鶴市が所蔵する570点のシベリア抑留と引き揚げ関係資料「舞鶴への生還 1945-1956 シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」は、京都・東寺に伝えられた日本中世の古文書「東寺百合文書」(京都府立京都学・歴彩館所蔵)と共に、2015(平成27)年10月10日に登録されました。

「世界記憶遺産」の名称は、2016(平成28)年6月、文部科学省と外務省が英語名の「Memory of the World」を直訳する『世界の記憶』に改称すると発表しましたが、舞鶴市は、シベリア抑留と引き揚げ関係資料570点の登録申請(2014年3月)および決定(2015年10月)時点に「世界記憶遺産」を使用していた経緯があり、また市民などに浸透していることから、現在も「世界記憶遺産」の名称を使用しています。

※参考2:舞鶴市の紹介

舞鶴市は、縄文時代から交易の要所として繁栄し、1901(明治34)年の舞鶴鎮守府(海軍の統括機関、初代司令官庁は東郷平八郎)の開庁以来、日本海側で《唯一の軍港都市》として発展してきました。市内は、明智光秀の盟友で戦国武将の細川幽斎(藤孝)が築いた田辺城の城下町として古い町並みが残る「西地区」。平成28年度の「日本遺産」に認定された海軍ゆかりの赤れんが倉庫群など、明治時代の近代化遺産が数多く残る「東地区」を中心に形成されています。
現在、市内沿岸部には、海上自衛隊舞鶴地方総監部、第八管区海上保安本部が設置され、「海上自衛隊」と「海上保安庁」の拠点が同一の市に設置されている《全国で唯一》の都市です。

また、舞鶴市は戦後13年間にわたり、海外から約66万人の引揚者を迎え入れた「引き揚げのまち」でもあり、2015(平成27)年10月、舞鶴市が所蔵するシベリア抑留と引き揚げに関する資料570点がユネスコの「世界記憶遺産」に登録されました。

近年では、今から70年以上も前に、旧ソ連時代のウズベキスタン(1991年独立、現在はウズベキスタン共和国)から舞鶴港に引き揚げてきた日本人抑留者の実直で勤勉な仕事ぶりが「縁」となって、2017(平成29)年11月、「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)」におけるウズベキスタン共和国のレスリング競技と柔道競技の事前キャンプを行うホストタウンとなりました。

アクセス:
 《電車》JR京都駅から山陰本線、舞鶴線でJR西舞鶴駅まで約1時間40分(特急利用)
 《車》京都から京都縦貫自動車道・舞鶴若狭自動車道で西舞鶴ICまで約100km
 《高速バス》京都から直通で約1時間50分。大阪(なんば)から直通で約2時間10分。
人口:78,735人(2021年2月1日現在の推計人口)
面積:342.13平方キロメートル(2019年4月1日現在)
市長:多々見良三(たたみ・りょうぞう)

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