今年2月に82歳で逝去した古井由吉(ふるいよしきち)氏が執筆し続けていた遺稿が、4月7日(火)発売の『新潮』5月号に掲載された。
日本を代表する作家・古井由吉氏
濃密な文体で人間の狂気や生死を見つめ「内向の世代」の作家といわれる古井由吉氏。東大卒業後ドイツ文学の翻訳を手掛け、30代で作家専業となり『杳子(ようこ)』で1971年に芥川賞を受賞。大江健三郎氏と並び、現代日本文学の最高峰に位置する作家だ。
古井氏は『新潮』で2019年7月号から連作短篇を発表していたが、同11月号で連作の3作目を発表した後、闘病のため掲載を中断していた。しかし入退院を繰り返しながらも新作短篇の執筆を進め、死の数日前に未完ながら400字詰原稿用紙30枚の清書済みの原稿を家族に託し、自身の遺稿として『新潮』に掲載するよう伝えていたという。
闘病中に執筆された「無題の遺稿」
同遺稿には、入退院を繰り返す小説家の日々の思いが描かれている。主人公=古井氏は、2019年秋に列島を直撃した大型台風を病室で体験し、自然の猛威と死を前にした我が命を重ね合わせているのが印象的だ。
同氏は、自らの命が極限にある状況で、最期まで作家であろうとし、人間を襲う災厄や生と死を見つめていたのだろう。
又吉直樹などの作家各氏による追悼文も掲載
『新潮』5月号には、同遺稿とともに蓮實重彦・島田雅彦・佐伯一麦・平野啓一郎・又吉直樹の各氏の追悼文も掲載されている。古井氏に文学的才能を見出され小説を書くようにうながされた又吉氏は、次のような言葉を寄せた。
“普通に社会生活を送る人に後ろめたさを感じながら生きてきた自分が、古井作品に触れて、文学も自分達を見つけてくれるのだと嬉しく思った。(中略)古井さんの小説に出会えたことに感謝している。(中略)十年後、二十年後に昭和、平成の作家などという安易な括りによって、有るものが無いことにされないように作品を読み続けたい。”
世界的な混乱が起きている昨今。現代日本文学の最高峰に位置する作家が綴った魂の作品に触れてみては。