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公益財団法人 本田財団

「2026年 第47回本田賞」グレアム・M・クラーク教授とインゲボルグ・ホフマイヤー博士が受賞

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~多チャンネル型人工内耳の研究開発と臨床実用化、世界的な普及を先導~


グレアム・M・クラーク教授(左)とインゲボルグ・ホフマイヤー博士(右)

 公益財団法人 本田財団(設立者:本田宗一郎・弁二郎兄弟、理事長:石田寛人)は、第47回目となる2026年度の本田賞を、多チャンネル型人工内耳の研究開発と臨床実用化、世界的な普及を先導した、オーストラリアの医師で神経科学者、メルボルン大学名誉教授のグレアム・M・クラーク教授(Professor Graeme M. Clark AC)と、オーストリアの電気工学者でMED-EL共同創業者兼CEOのインゲボルグ・ホフマイヤー博士(Dr. Ingeborg Hochmair)に贈呈することを決定しました。

 人工内耳は、補聴器を使用しても言葉を十分に聞き取ることが難しい高度・重度の難聴者のための医療機器です。音を電気信号に変換し、内耳に存在する感覚器官「蝸牛(かぎゅう)」内に挿入した電極から聴神経を直接刺激することで音を脳へ伝えます。両氏は1970年代、オーストラリアとオーストリアでそれぞれ研究に取り組み、音の有無やリズムを感じられても、言葉の識別には限界があった従来の人工内耳を、言葉の理解を可能にする「多チャンネル型」人工内耳へと進化させました。人の感覚(聴覚)を取り戻すことに寄与するこの先駆的な実用技術は、難聴者に音声によるコミュニケーションの機会をもたらしました。さらに、子どもの言語習得や教育、成人の就労や社会参加、高齢者の生活の質(QOL)向上に至るまで、多くの難聴者の心と生活にあらたな可能性をもたらしています。

 1980年に創設された本田賞は、「人間性あふれる文明の創造」に貢献する研究成果を顕彰するため、「エコテクノロジー」*1の観点から、次世代を切り拓く新たな知見と、その応用・普及に至る取り組みを讃える、日本初の科学技術分野における国際褒賞です。贈呈式は2026年11月16日(月)に帝国ホテル東京で開催し、両氏にメダルと賞状とともに、副賞として総額1,000万円が贈呈されます。
【授賞理由】
 両氏は、電極設計、信号変換、神経刺激、手術方法、安全性など、人工内耳の実用化に必要な課題に科学・医学・工学の各側面から取り組み、改良を重ねました。さらに、クラーク教授は企業と連携して製品化と各国での承認・普及を進め、ホフマイヤー博士は電気工学者である夫と共同で企業を設立し、継続的な技術開発と世界展開を主導しました。
人工内耳は、外界の情報を電気信号に変換し、脳の神経経路へ伝達することで、人と機械を結ぶ先駆的な実用技術です。この開発で培われた知識と技術は、人・機械相互作用の基盤となり、他の医療機器の発展の礎にもなっています。こうした両氏の功績は、「エコテクノロジー」の重要性を財団設立時から長年標榜し主張してきた本田財団の設立基本方針に一致し、本田賞にふさわしい成果であると認め、本田賞を贈呈することを決定しました。

*1 エコテクノロジー(Ecotechnology):エコロジーから想起される「地球にやさしい」という限定的な意味合いを超え、社会における諸問題を解決するための手法として、常に“人間”を大切にし「自然環境」と「人間環境」の両方との調和を目指す科学技術哲学

 人工内耳について

 内耳には、音の振動を電気信号に変えて聴神経へ伝える「有毛細胞」があります。補聴器が音を増幅して聞き取りやすくし、残された聴力を活用するのに対し、人工内耳は、正常に機能しない有毛細胞の働きを補うように、音を電気信号に変換し、蝸牛内に挿入した電極から聴神経を刺激する医療機器です。
 人工内耳は、マイクで音を拾って処理するスピーチプロセッサ(体外装置)と、耳の後ろの皮膚の下に埋め込む受信装置や蝸牛内に挿入する電極からなるインプラント(体内装置)で構成されます。マイクで拾った音は電気信号に変換され、皮膚を介してインプラントへ送られます。現在主流となっている多チャンネル型人工内耳では、音を複数の周波数帯に分け、その情報に応じて複数の電極を使い分けることで、より多くの音の情報を聴神経へ伝えます。
 人工内耳の装用後は、装置の調整や継続的な(リ)ハビリテーション*2を通じて、音や言葉の聞き取りを身につけていきます。幼い子どもにとっては音声言語の習得や学習を支える選択肢となり、成人や高齢者にとっては、家族や周囲とのコミュニケーション、就労や社会参加の維持・回復へつながっています。

*2 (リ)ハビリテーション:先天性または幼少時から障害のある人が、新たな能力を獲得していく「ハビリテーション」と、すでに獲得した能力の回復・維持・向上を図る「リハビリテーション」の総称

 教授・博士の研究の歩みと実用化への貢献

 1960年代には、単一の電極を用いる単チャンネル型人工内耳が登場し、音の有無や強弱、リズムを感じることが可能となりました。しかし、単一の電極では言葉を構成する複数の周波数情報を十分に伝えることができず、会話の聞き取りでは読唇に頼ることが多く、依然として音だけで言葉を理解することは困難でした。
 そこで必要と考えられたのが、蝸牛内の異なる位置を複数の電極で刺激し、音の高さ(周波数)の情報を分けて伝える多チャンネル型人工内耳でした。しかし当時は、複数の電極を蝸牛内に安全に挿入できるのか、隣接する電極の刺激を聴神経や脳が区別できるのか、限られた電気刺激で複雑な音声情報を十分に伝えられるのか、さらに長期にわたって安全に使用できるのかなど、多くの課題がありました。また、電気刺激によって言葉を聞き取れるようにすること自体に、懐疑的な見方も少なくありませんでした。
 両氏はそれぞれの研究を通して、電極の形状や配置、刺激方法、音声を電気信号に変換する処理技術、手術方法、安全性などの課題に取り組みました。そして、単に電極の数を増やすのではなく、言葉の聞き取りに必要な音の情報を選び、それを蝸牛内のどの電極から、どの強さとタイミングで伝えるかを精密に設計することで、多チャンネル型人工内耳を臨床で使用できる実用技術へと発展させました。

 耳鼻咽喉科医だったクラーク教授は、1967年に人工内耳に関する電気生理学的研究を開始。1970年にはメルボルン大学の耳鼻咽喉科教授に就任しました。その後、科学・医学・工学の専門家からなる研究チームを率い、聴神経の刺激方法、電極設計、生物学的・電気的安全性、心理物理学、音声処理など人工内耳に関する多角的な研究を進めました。1978年、クラーク教授らは、メルボルン大学とロイヤル・ビクトリア眼科耳鼻科病院による研究の一環として、同病院で多チャンネル型人工内耳の手術を実施し、臨床応用を実現しました。クラーク教授は産業界と連携して研究成果の製品化を進め、その技術はNucleus Groupの一部門として設立されたCochlear(コクレア)社の人工内耳へと発展しました。クラーク教授は同社とともに装置の改良と臨床応用を進め、その成果は各国での承認や医療従事者への研修などを通じ、世界的に普及しました。

 ホフマイヤー博士は、ウィーン工科大学で電気工学を学んでいた際、1975年、後に夫となる電気工学者のアーウィン・ホフマイヤー博士の誘いで人工内耳の研究に着手しました。二人は、耳鼻咽喉科医のクルト・ブリアン教授と連携し、電極、電子回路、音声処理、神経刺激などの技術開発を進めました。1977年、ブリアン教授がウィーン大学耳鼻咽喉科で、ホフマイヤー博士らが開発した多チャンネル型人工内耳の手術を実施しました。その後も利用者と協力しながら装置や音声処理技術の改良を重ね、ホフマイヤー博士は夫のアーウィン博士とともにMED-EL(メドエル)社を設立し、人工内耳の技術革新と普及に取り組みました。

 Cochlear社製およびMED-EL社製の人工内耳の臨床応用は、当初は成人を対象としていました。その後、人工内耳本体、手術手技、音声処理技術の改良が進み、その適用は小児へと広がりました。人工内耳は、人間の感覚機能を機器によって補う神経工学の先駆的かつ実用的例となり、人間の感覚を取り戻すことに寄与した初めての技術といえます。現在までに世界で100万人を超える人々に人工内耳が使用されています。
<業績解説・過去受賞者一覧について>
詳しくは、本田財団のウェブサイトをご覧ください。
ホームページ:https://www.hondafoundation.jp/index.html
業績解説:https://www.hondafoundation.jp/commemoration/index/285
過去受賞者:https://www.hondafoundation.jp/winner.html
【本田財団について】
本田財団は、本田技研工業株式会社の創業者本田宗一郎とその弟・弁二郎の寄附金によって、1977年12月に設立されました。当財団では、「自然環境」と「人間環境」の両方を大切にする科学技術哲学を「エコテクノロジー」と呼び、その発展と拡大を目指して、3つの活動に取り組んでいます。

1.エコテクノロジーの概念に即して顕著な成果を達成した研究成果を表彰する国際褒賞「本田賞」
2.現代社会が抱える種々の問題について解決のアイデアを議論し創出する「国際シンポジウム・懇談会」
3.次世代を担う若い技術者・科学者リーダーを発掘育成する「Y-E-Sプログラム」

これらの活動を通じて、「人間性あふれる文明の創造に寄与する」ことを目指しています。

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