静岡大学の研究グループによる研究成果が国際学術誌「Photosynthesis Research」に掲載されました。
【研究のポイント】
- シアノバクテリア(注1)Synechocystis sp. PCC 6803(注2)において、従来のβ-カロテン(注3)がほぼ完全にカンタキサンチンに置き換わった光化学系I(PSI)(注4)三量体を精製しました。
- カンタキサンチン(注5)に置き換わったPSIでも、タンパク質の構成は変化せず、安定に保たれていました。
- 光の吸収特性には変化が見られた一方で、光エネルギーの流れを反映する蛍光特性は従来型PSIとほぼ同じであり、PSIの基本的な光化学機能が維持されていることが示されました。
【研究概要】
静岡大学大学院総合科学技術研究科の深澤貴徳(修士1年生)と長尾遼准教授らの研究グループは、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803において、β-カロテンをカンタキサンチンへ変換するcrtW遺伝子を導入した株を作製し、そこからPSI三量体を精製しました。
精製したPSIを解析したところ、従来PSIに結合しているβ-カロテンは検出されず、カンタキサンチンが主要な色素として結合していることが確認されました。それにもかかわらず、PSIを構成するタンパク質の種類や三量体構造は、通常のPSIと同等であることが示されました。さらに、低温下での蛍光測定では、光の当て方を変えても従来型PSIとほぼ同じスペクトルが得られました。この結果から、光エネルギーの流れを担うクロロフィルの配置や機能が、色素置換後も保たれていることが明らかとなりました。
本研究は、PSIが主要カロテノイドの大きな変化に対しても、構造的・機能的に高い柔軟性を持つことを直接的に示したものです。
本研究成果は、2026年2月24日付で国際学術誌 Photosynthesis Research に掲載されました。
研究者コメント
静岡大学 農学部 准教授 長尾遼
本研究は、PSIに結合している主要な色素を置き換えても、その構造や光合成に関わる基本的な仕組みが維持されることを示しました。カロテノイドの化学構造と光合成機能の関係を理解するうえで、重要な実験的基盤を提供する成果だと考えています。
【研究背景】
PSIは、酸素発生型光合成(注6)において光エネルギーを化学エネルギーへ変換する重要なタンパク質複合体です。PSIには多くのクロロフィルに加え、β-カロテンを代表とするカロテノイド色素が結合しており、光の利用効率を高めるとともに、強い光から装置を守る役割を果たしています。特にβ-カロテンは、ほぼすべての酸素発生型光合成生物に共通して存在し、PSIの内部に深く組み込まれるように結合していることから、PSIの構造形成や安定化に欠かせない色素と考えられてきました。そのため、「PSIはβ-カロテンを前提として成り立っている」という理解が、長く分野の共通認識となっていました。
一方、近年の遺伝子工学の進展により、アスタキサンチンやカンタキサンチンといった通常とは異なるカロテノイドを生産する光合成生物が作られるようになってきました。しかし、これらの色素が精製されたPSIそのものにどのような影響を与えるのかについては、ほとんど調べられていませんでした。カンタキサンチンはβ-カロテンと似た疎水性を持つ一方で、化学構造が一部異なります(図の赤矢印部分)。このような色素がPSIにどの程度適合し、β-カロテンの役割を代替できるのかは、これまで明らかになっていませんでした。
本研究は、β-カロテンがPSIにとって本当に不可欠なのかを検証するとともに、PSIがどこまで色素組成の変化を受け入れられるのかを明らかにすることを目的としています。
【研究の成果】
静岡大学の長尾遼准教授の研究グループは、β-カロテンをカンタキサンチンへ変換するcrtW遺伝子を過剰発現させたシアノバクテリア株からPSIを精製し、そのタンパク質構成、色素組成、および分光学的特性を詳細に解析しました(図)。

1. β-カロテンのほぼ完全な置換を実証
精製したPSI三量体の色素組成を解析した結果、従来PSIに結合しているβ-カロテンは検出されず、カロテノイド成分の大部分がカンタキサンチンおよび微量の関連色素で占められていることが明らかとなりました。この結果は、PSIがβ-カロテンをほぼ完全に失った状態でも、安定した複合体として存在できることを示しています。
2. PSIの構造保持
SDS-PAGEおよびBN-PAGE(注7)により、カンタキサンチンに置き換わったPSIは、サブユニット構成および三量体構造のいずれにおいても、対照PSIと区別できないことが確認されました。すなわち、β-カロテンはPSIの組み立てや三量体形成に必須ではなく、主要カロテノイドが置換されてもPSIは本来の構造を維持できることが示されました。
3. 色素置換による光吸収特性の変化
分光学的解析の結果、吸収スペクトル(注8)の450~570 nm領域において、カロテノイド由来の明確な変化が観測されました。これは、β-カロテンからカンタキサンチンへの置換がPSIに正しく反映されていることを示しており、色素組成の違いが光の吸収特性に影響を与えることを裏付けています。
4. 光化学的基盤の保存
低温で測定した蛍光スペクトル(注9)は、励起波長に依存せず対照PSIとほぼ完全に一致しました。この結果は、低エネルギークロロフィル群の配置や、励起エネルギー移動の基本的な仕組みが、主要カロテノイドの置換後も維持されていることを示しています。
以上の結果から、PSIはカロテノイドの化学構造の違いに対して高い柔軟性を持ち、β-カロテンという特定分子に依存せずに、その構造的および光化学的基盤を維持できることが明らかとなりました。本研究は、光合成装置における色素選択性に関する従来の理解を更新するとともに、将来的な色素設計や人工的な光合成システムの開発に向けた基礎的知見を提供するものです。
【論文情報】
掲載誌名:Photosynthesis Research
論文タイトル:Canthaxanthin substitution of β-carotene yields structurally stable yet
spectrally robust photosystem I cores in Synechocystis sp. PCC 6803
著者:Takanori A. Fukasawa, Yoshifumi Ueno, Masahiko Ikeuchi, Tatsuya Tomo, Ryo Nagao
DOI:https://doi.org/10.1007/s11120-026-01200-w
【用語説明】
注1:シアノバクテリア
シアノバクテリアは、光合成によって酸素を放出する細菌の一群で、「藍藻(らんそう)」とも呼ばれます。約30億年前に出現し、地球大気中に酸素をもたらした生物として知られています。植物や藻類が行う酸素発生型光合成の原型を持ち、現在の光合成生物の進化に大きな影響を与えました。
注2:Synechocystis sp. PCC 6803
シアノバクテリアの中でも遺伝子操作が容易で、光合成研究のモデル生物として世界的に広く利用されています。
注3:β-カロテン
カロテノイドの一種で、植物や藻類、シアノバクテリアなど多くの光合成生物に広く存在しています。β-カロテンは光合成装置に結合し、光エネルギーの利用効率を高めるとともに、活性酸素から装置を保護する重要な役割を果たしています。特に光化学系Iでは、β-カロテンが複合体内部に深く結合していることから、長年にわたり構造の安定化に不可欠な色素と考えられてきました。
注4:光化学系I(PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。シアノバクテリアでは主に三量体を形成します。
注5:カンタキサンチン
カロテノイドと呼ばれる色素群の一種で、赤橙色を示すケトカロテノイドです。水には溶けにくく、脂質や膜の中に存在する性質を持っています。自然界では一部の微生物や藻類に見られ、強い光から生体を守る光保護機能を持つことが知られています。
注6:酸素発生型光合成
光合成には酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成があります。酸素発生型光合成は、光化学系I、シトクロムb6f、光化学系II、ATP合成酵素と呼ばれるそれぞれの膜タンパク質複合体によって駆動され、光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成します。酸素非発生型光合成生物が進化して酸素発生型光合成生物になったと考えられています。
注7:SDS-PAGE/BN-PAGE
SDS-PAGEは、タンパク質を電気泳動によって分離・解析する方法です。タンパク質を一度ばらばらにしてから、大きさ(分子量)の違いによって分離するため、どのようなタンパク質が含まれているかを調べることができます。一方、BN-PAGE(ブルーネイティブPAGE)は、タンパク質複合体を壊さずにそのままの状態で分離・解析する方法です。この手法により、タンパク質がどのような大きな複合体を形成しているかを調べることができます。
注8:吸収スペクトル
物質がどの波長の光をどれだけ吸収するかを示したグラフです。光合成生物では、クロロフィルやカロテノイドといった色素が、それぞれ特定の波長の光を吸収する性質を持っています。そのため、吸収スペクトルを測定することで、どのような色素が含まれているかや、色素の組成が変化しているかを調べることができます。
注9:蛍光スペクトル
物質に光を当てたときに放出される弱い光(蛍光)を測定し、その波長分布を調べたものです。光合成装置では、吸収された光エネルギーがクロロフィル分子の間を移動した後、最終的に蛍光として放出されます。そのため、蛍光スペクトルを解析することで、光エネルギーの流れ方や色素の配置状態を知ることができます。
本研究では、蛍光スペクトルを液体窒素温度(約−196 ℃)の低温で測定しました。低温にすることで、分子の熱運動が抑えられ、エネルギー移動や失活過程が単純化されます。その結果、常温では見えにくいクロロフィル間のエネルギー分布や低エネルギー状態の特徴を、より明瞭に観測することが可能になります。