千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの大島郁葉教授、ストックホルム大学のノラ・オルソン准教授、田園調布学園大学の加藤健生講師らの研究チームは、日本における自閉症(注1)の当事者を対象に、日常生活におけるさりげない差別的言動「マイクロアグレッション(注2)」の経験に関する大規模な質的調査(注3)を実施しました。本研究は、これまで欧米中心であったマイクロアグレッション研究を、「空気を読む」などの日本独自の文化的背景に広げ、自閉症の当事者が家庭、学校、職場で受ける否定的な経験の構造を初めて明らかにしたものです。本研究成果は、当事者の高い精神疾患リスクを低減し、真にインクルーシブで肯定的な社会環境を構築するための重要な指針となることが期待されます。
本研究成果は、2026年5月2日に、学術誌Autism in Adulthoodで公開されました。
(論文はこちら:/10.1177/25739581261447233)

図:日本の自閉症当時者が経験するマイクロアグレッションのテーマ別マップ
■研究の背景
自閉症当事者は非当事者(定型発達者)に比べ、抑うつや不安、自殺のリスクが有意に高いことが知られています参考文献)。その要因として、マイノリティ(少数派)であることによる社会的ストレスが指摘されていますが、中でも「マイクロアグレッション」と呼ばれる、日常に潜む些細な侮辱や否定的な態度の影響が懸念されてきました。 しかし、集団の調和や相互依存を重視するとされている日本の文化的文脈において、自閉症当事者がどのようなマイクロアグレッションに直面しているかは、これまで十分に解明されていませんでした。
■研究成果のポイント
精神科医に自閉症と診断されたことのある330人の日本人成人(18-39歳)を対象にした質的調査の結果、305人がマイクロアグレッションを経験したと答え、自身の自閉症に関連する288件のエピソードを共有しました。この共有されたエピソードは、以下の4つの主要なテーマに集約されました(図)。
1. 揺れ動く立ち位置: 周囲から「劣っている」と子どものように扱われる一方で、自閉症を公表すると「天才的な並外れた能力」を期待されるという周囲による矛盾した態度にさらされ、一人の人間としての等身大の理解を妨げる攻撃として機能していることが明らかとなった。
2. 「自閉症」が「劣等性の象徴」とされること: 日常会話やSNSにおいて、「自閉症」という言葉が、能力の低さや社会的不適応をからかう際の比喩として使われている実態が浮き彫りとなった。
3. 安心できる場所がないこと: 家庭、学校、職場、さらには医療従事者などの専門家からさえも、困難さを軽視されたり、支援の必要性を否定されたりする経験が繰り返されることが示された。
4. 社会的圧力:「空気を読む」ことが良いとされがちな日本の規範や、メディアによる偏った自閉症描写により、当事者は自分の特性を隠し、非当事者のように振る舞う「社会的カモフラージュ(注4)」を強いられていることが明示された。

子どものこころの発達教育研究センター 大島郁葉 教授
■今後の展望(研究者コメント) 本研究成果により、マイクロアグレッションは単なる個人の態度の問題ではなく、対人関係、言語、文化、制度といった社会構造に根ざしていることが示されました。今後は、当事者を社会に適応させるのではなく、社会の側が自閉症的なコミュニケーションや感性を尊重するように変化していく必要があります。今後は今回の知見を教育、職場、医療現場での啓発プログラムに役立てるとともに、自閉症当事者が研究プロセス全体に参画する「当事者参画型研究」をさらに推進して、人々の尊厳が守られる社会環境の実現を目指します。
■用語解説
注1)自閉症:本研究においては、自閉症/自閉性障害、アスペルガー症候群/アスペルガー障害、自閉スペクトラム症(ASD)、非定型自閉症、および特定不能の広汎性発達障害を含む。
注2)マイクロアグレッション:社会の中で弱い立場に置かれやすい集団に向けられる、自覚がなくさりげない侮辱、無効化、軽視を指す。
注3)質的調査:人の経験や意味づけ、価値観などを重視し、言葉や観察データをもとに現象を深く理解しようとする研究方法。数値では捉えにくい背景や文脈を明らかにすることを目的とする。
注4)社会的カモフラージュ:自閉特性を隠したり、周囲の社会的規範に合わせて社会に適応しようとしたりする行動のこと。
■論文情報
タイトル:Lived Experiences of Ableist Microaggressions Among Japanese Autistic Adults
著者:Takeo Kato, Nora Choque Olsson, Masamitsu Kawashima, Yasuo Kawaguchi, Siqing Guan, Masaki Tamura, Fumito Takahashi, Hikari Takashina, Makoto Wada, Shinichiro Ogawa, Kenji J. Tsuchiya, Fumiyo Oshima,
雑誌名:Autism in Adulthood
DOI:10.1177/25739581261447233
■参考文献
タイトル:Prevalence of co-occurring mental health diagnoses in the autism population: a systematic review and meta-analysis.
雑誌名:Lancet Psychiatry
DOI:10.1016/s2215-0366(19)30289-5
■研究プロジェクトについて
本研究は、JST RISTEX JPMJRS22K4の支援によって実施されました。