日本中では目まぐるしく、日々いろんなイベントがひらかれている。「そんな日本には、どのような土地があるのだろう」と、写真家として活動している私(仁科勝介)は、“平成の大合併”時に残っていた、旧市町村をすべて巡る旅に出た。その数は2000を超える。
今回、地域や自治体、企業の取り組み、新商品などの情報を発信するニュースサイト「ストレートプレス」で、それらを紹介する機会をいただいたので、写真を添えて連載をスタートした。
「ストレートプレス」内に登場するローカルな市町村と、関係があるかもしれない。
今回は、山梨県旧上野原町(上野原市)を写真とともに紹介する。
Vol.139/山梨県旧上野原町(上野原市)
山梨県の旧上野原町へやってきた。市街地へ訪れる前に、北側に位置する軍刀利(ぐんだり)神社を目指す。
神社への道のりも遠かったが、遠いのはその先だった。最後にとてつもない急坂をカブで登った先に、ようやく駐車場があった。カブでも転げ落ちそうな傾斜であった。
さらに、カブを停めてから徒歩で急な石段を登っていく。石段も普通の神社や寺院で想像するような平らなものではなく、昔のままの石段でかなり凹凸があり、往年の長い時間を感じさせた。
ようやく参拝できて、パワーを感じられたのかどうかは能力がないのでわからないけれど、今回はそう思い込むことにしても良いんじゃないか、と思えるほど参拝まで大変だったし、なおかつ清々しく感じられる神社だった。
さらに、神社の境内の奥に進むと御神木のカツラの木がある。周辺をすっぽり新緑の木々に囲まれた中、ようやく御神木が見えると、「ああ、御神木だ」という感動があった。御神木だとわかるような能力は持っていない。だが、その空間に立っていると、脳ではなく身体がハッと体感するような気持ちよさがあった。もうひとりここまで来ていた方は、ゆっくりとお昼ご飯を食べていた。気持ちいいに決まっている。
ほかにも市街地へ訪れる前に、棡原(ゆずりはら)という地名の前で足を止めた。かつて、日本で漢字の整理が進んだときに、棡原という地名があったことが、「棡」の漢字が生き残った一因になったそうだ。地名が漢字の歴史にも結びついている。
(仁科勝介)
仁科勝介(Katsusuke Nishina にしなかつすけ)/かつお
写真家として活動。1996年、岡山県倉敷市生まれ。広島大学在学中に、日本の全1741の市町村を巡る。
『ふるさとの手帖』(KADOKAWA)、『環遊日本摩托車日記(翻訳|邱香凝氏)』(日出出版)をはじめ、2022年には『どこで暮らしても』(自費出版)を刊行。
旧市町村一周の旅『ふるさとの手帖』:https://katsuo247.jp
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