~日本農芸化学会 2015年度大会(3月28日/岡山)にて発表~
【概要】
北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科の辻野義雄教授らの研究グループは、中国の無形文化財に指定されている「8年熟成恒順香醋」の中から、メタボリックシンドローム、動脈硬化、高脂血症などの生活習慣病の予防に期待される新成分を、2014年1月に発見しました。自然界に存在することが知られていなかった天然由来の化合物で、20万種類の食物を検査しましたが、現在のところ、「8年熟成恒順香醋」からしかこの成分は発見されておりません。この新成分を「フレグライド1(FRAGLIDE1)」と名付け、細胞実験を行ったところ、メタボリックシンドローム、動脈硬化、高脂血症などの生活習慣病の予防や改善が期待できる成分であることが分かりました。この研究結果を、2015年3月28日(土)に、「日本農芸化学会」(2015年度大会)で発表しました。また、フレグライド研究会※の公式ホームページ(http://www.fraglide.org/)で公開しています。
【目的】
近年、過剰な摂取カロリーや運動不足などにより、肥満が大きな健康問題となっています。肥満は糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病の主因となります。生活習慣病に対する薬剤は種々開発されていますが、予防医学の観点からは発症前に肥満を改善することが重要です。香醋は、中国で古来より用いられた食酢の一種で、健康維持に関する様々な有効性が唆示されてきました。特に、中国鎮江で生産される「8年熟成恒順香醋」は、他の食酢とは異なる製法で、長期発酵させるなど特殊な工程で作られています。そこで本研究では、「8年熟成恒順香醋」の糖・脂質代謝異常に対する有効性を検証し、その活性物質の単離・同定を試みました。
【方法】
脂肪組織に多く存在する蛋白質PPARγの活性化はインスリン抵抗性(インスリンが正常に働かない状態)および糖・脂質代謝異常の予防・改善に有用です。そこで、PPARγの活性化を指標とした細胞評価系(リガンドアッセイ)によって香醋の有効性を検証するとともに、その活性物質を探索しました。
【結果】
「8年熟成恒順香醋」から調製された多数の分画物について体系的なリガンドアッセイを行った結果、PPARγに対するリガンド活性を示す活性画分が得られました。この活性画分の主要成分を単離し、質量分析及びNMR分析による構造解析を行いました。その結果、この活性物質は5-hydroxy-4-phenylbutenolide (5H4PB;フレグライド1)と同定されました。そこで、化学合成した「フレグライド1」を用いて、脂質代謝に及ぼす影響を検証しました。その結果、合成「フレグライド1」において、PPARγの活性化作用が確かめられ、香醋由来の活性物質である「フレグライド1」はインスリン抵抗性および糖・脂質代謝異常の予防・改善に有効である可能性が見出されました。
PPARγが活性化されると、脂肪を蓄積する「白色脂肪細胞」を、脂肪を燃焼させて熱を発生させる「褐色脂肪細胞」に変化させる作用が期待されます。「褐色脂肪細胞」には、脂肪を燃焼させる“工場”の役割をする「ミトコンドリア」が数多く存在しています。その“工場”を動かすのが「UCP-1」という蛋白質です。この「UCP-1」の発現量が増加すると、カロリーを熱として放散することができます。実験の結果、「フレグライド1」で、「UCP-1」の発現量の増加がみられました。
本研究により、この有効成分を活用した香醋由来の新たな肥満改善食品の創出が期待されます。
※「白色脂肪細胞」と「褐色脂肪細胞」について・・・
「白色脂肪細胞」は皮下や内臓に多く分布し、体内で消費できなかったカロリーを脂肪として蓄積します。「褐色脂肪細胞」は鎖骨、肩甲骨、胸まわりに多く分布し、脂肪を燃焼させてエネルギーに変えます。新生児のときに最も多く、成長とともに徐々に減少し、成人するころに残っているのは4割程度とされています。



※フレグライド研究会とは・・・「フレグライド1」を研究するために2015年3月19日(木)に発足した研究会。発起人は以下の通り。
<フレグライド研究会発起人(メンバー)>
◆研究会代表 辻野 義雄(つじの よしお)
所属・職名 :北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 アロマサイエンス連携講座
客員教授 日本コスメティック協会理事
◆高木 昌宏(たかぎ まさひろ)
所属・職名:北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科(マテリアルサイエンス専
攻・バイオ機能・組織化領域)教授
◆吉田 康一(よしだ やすかず)
所属・職名:独立行政法人産業技術総合研究所 健康工学研究部門長、大阪大学大学院 招聘教授、
北陸先端科学技術大学院大学 客員教授、香川大学大学院 農学系研究科 客員教授
◆後藤 直宏(ごとう なおひろ)
所属・職名:東京海洋大学大学院海洋科学系 食品生産科学部門 食品保全機能学講座 准教授
◆佐藤 あやの(さとう あやの)
所属・職名:岡山大学大学院自然科学研究科 准教授