―低遅延大容量かつ柔軟な光ネットワークで地域的に離れたコンピュータの一体運用を可能に―
生成AIやクラウドサービスの急拡大により、データセンタ間および内を行き交うデータは爆発的に増え、これに伴い、電力消費量も増えています。一方で、突然のサーバトラブルによるサービス停止は、社会活動に大きな影響を及ぼします。そのため、自動運転、遠隔医療、スマートシティ、科学技術計算など、社会を支えるサービスを進化させるには、大量のデータを速く、無駄なく、低い電力で、かつ高い耐障害性を備えて運用する仕組みが不可欠です。
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO)の委託事業「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/研究開発項目〔2〕次世代コンピューティング技術の開発(JPNP16007)/異種材料集積光エレクトロニクスを用いた高効率・高速処理分散コンピューティングシステム技術開発」として進めてきた本プロジェクトでは、この「データ処理量の拡大」「電力消費量の低減」「耐障害性の向上(高可用性)」の課題を同時に解くため、光で低遅延にデータを運び、離れた場所にある計算資源を使う次世代分散コンピューティング基盤を実証しました。個別の最適化ではなく、光チップ、光トランシーバ、光ネットワーク、分散データベースを組み合わせ、通信と計算をまとめて最適化する点が特長です。
心臓部となる光チップでは、InPとシリコンを組み合わせる異種材料集積技術により、高速・低消費電力な光デバイスを実現しました。また、光トランシーバでは、電気処理の一部を光処理に移すことで消費電力の低減を狙い、波長を複数使うことで大容量化に対応しました。さらに、多方路エラスティック光ネットワークにより、通信経路や帯域を必要に応じて柔軟に切り替えられるようにしました。
実証では、400 Gbps×2波長の光トランシーバプロトタイプによる実フィールド伝送、複数拠点を結ぶ光ネットワーク制御、また、この光ネットワークに対応した分散データベース「Tsurugi」を用いた低遅延と高可用性を実証するアプリケーションの動作を確認しました。これにより、AI時代に求められる10 Tbps級の大容量・低電力通信と、広域に分散した計算資源の有効活用に向けた道筋を示しました。
本成果は、データを一か所に集めて処理するだけでなく、各地の計算資源を必要に応じて結び、ひとつの大きな計算基盤として使う将来像につながるものです。AI時代の社会インフラを支える基盤技術としての活用が期待されます。今後、通信トラフィックの増大に対応しながら電力消費を抑える技術として、データセンタ、通信インフラ、スマートシティなど幅広い分野への展開が見込まれます。
1.背景
生成AIの普及により、AIの学習や推論に必要なデータ処理量は急増しています。将来にわたり、この処理量を支えるためには、地域的に分散した計算資源を有効に活用する必要があります。また、この処理量の増加に応じて伸びるエネルギー消費の問題に対応するため、データセンタやネットワークには、大容量化と低消費電力化を同時に実現することが求められています。
従来は、より高速な装置を増やすことで通信量の増加に対応してきました。しかし、今後は装置を増やすだけでは、電力、設置場所、運用コストの制約が大きくなります。また、固定的な通信帯域の割り当てでは、計算資源の混雑や空き状況に合わせた柔軟な運用が難しくなります。カーボンニュートラルの観点からも、通信と計算をより少ない電力で動かす技術が重要です。特に、AI処理を支えるデータセンタの電力需要が高まる中で、通信部分の省電力化は社会的にも重要な課題です。また、情報セキュリティの観点からも高可用性データベースの実現が求められていました。
そこで本プロジェクトでは、光チップ、光トランシーバ、光ネットワーク、分散データベースをひとつの分散計算基盤として統合しました。離れた拠点を低遅延でつなぎ、必要な通信帯域を必要な場所へ割り当てることで、高可用性を実現しながら、AI時代の計算需要に対応する新しいICT基盤の実現を目指しました。
2.今回の成果
1.異種材料集積光チップ
異種材料集積プラットフォーム技術として、InP系アクティブ領域とSi導波路間の位置精度に優れ、高密度・多機能集積を可能とするInP小片/SOI※1ウェハ接合を導入し、これをデジタルコヒーレント伝送※2向け光デバイスに適用しました。光源となる波長可変レーザ※3に関しては、設計の異なる二つのInP系利得領域を1チップのシリコン(Si)フォトニクス※4回路上に一体集積したデバイスを世界で初めて実現し、C帯(波長: 1530 nm - 1565 nm)のみならず、L帯(波長: 1565 nm - 1625 nm)をもカバーし、100 nmを超える広い波長可変域で、単一モード動作かつ、Siフォトニクス回路の高いQ値を利用することで、狭スペクトル線幅特性を実証しました。光信号を生成するマッハツェンダ(MZ)変調器※5に関しては、高効率動作に優れるInP系変調器領域をSiフォトニクス回路上に集積することで、小型かつ、高い変調効率と、70 GHzを超える広帯域動作が得られました。また、従来技術では作製が困難であった波長可変レーザとMZ変調器を1チップのSiフォトニクス回路上に一体集積したデバイスを実現し、位相変調動作を実証しました。光信号を電気信号に復調する受光器に関しては、Siフォトニクスからなる光ミキサ上にInP系pin型フォトダイオード(PD)アレイを集積したことで、小型かつ、C帯およびL帯の全域で、高い受光感度と、60 GHzを超える広帯域動作を実証しました。以上から、高効率動作に優れるInP系アクティブ領域と小型・高密度集積に優れるSiフォトニクスを異種材料集積することによる特長を生かした光デバイスを実現しました。
本成果は、主にPETRAおよび産総研、東京科学大学工学院西山伸彦研究室、北海道大学大学院情報科学研究院齊藤晋聖研究室、法政大学理工学部藤澤剛研究室との共同実施で達成しました。

図1 (a) InP小片/SOIウェハ、(b) 異種材料集積波長可変レーザ、(c) 異種材料集積MZ変調器、(d) 異種材料集積受光器
2.10 Tbps級光トランシーバ 新アーキテクチャ
現在の10倍以上に当たる10 Tbps級の伝送容量を現在と同等の消費電力で実現する技術として、コヒーレント光トランシーバにおける新しいアーキテクチャの研究開発に取り組みました。トランシーバ内部の独立した電子回路や光回路単体の性能向上では限界があるとの課題のもと、光電融合技術の活用による二つのアプローチを提案しました。
(ア)光電協調設計によって電子回路の一部機能を光回路へオフローディングします。これにより双方の回路の負担を最適化し、低消費電力化を実現します。
(イ)高密度集積技術を活用して光トランシーバ内部での波長並列化を実現します。これによりスケーラブルな大容量化を実現します。
各アプローチの有効性を検証するために、図2に示すような光回路と電子回路を集積実装したテストボードを開発し、その有効性と性能を明らかにしました。
(1) 光DAC送信器
デジタル-アナログ変換を電気⇒光にオフローディングする送信器アーキテクチャを開発しました。400 Gbps級光信号送信時に従来方式と比較して約半分の消費電力で動作することを実証しました。
(2) TIAレス受信器
光回路と電子回路の接続に使うTIA回路の機能をオフローディングする受信器アーキテクチャを開発しました。独自の電流入力型ADC回路を開発し、400 Gbps級光信号の受信が可能である事を実証しました。
(3) シリコン合分波器
波長並列化のキーデバイスである光合分波器について、小型シリコンフォトニクス光回路で高品位デバイスを実現する技術を開発しました。独自の自律制御技術で製造時のばらつきを補償し、世界最高クラスのフィルタ特性を実現しました。
これら新アーキテクチャ技術と異種材料集積光デバイスを組み合わせて400 Gbps×2波長の光トランシーバプロトタイプを試作し、世界で初めてその実フィールド伝送性能を示しました。

図2 光トランシーバ 新アーキテクチャ技術
3.多方路エラスティック光ネットワーク
異種材料集積光エレクトロニクスにより実現される10 Tbps級光トランシーバを、分散コンピューティング環境で高効率に活用するため、多方路エラスティック光ネットワークの管理・制御フレームワーク技術の研究開発を産総研で行いました。開発フレームワークでは、異種構成の光ノードを適材適所に柔軟に適用可能とするため、FBD(Functional Block-based Disaggregation)モデルを採用しました。本フレームワークでは、機器管理、経路計算、機器設定、光伝送品質管理を自動連携可能としており、迅速な光パスの設定・削除を実現しました。都内2拠点(秋葉原・江東区青海)に分散配置した実証システムにおいて、光パスの設定・削除を3~13秒で完了できることを実機で確認しました。本技術により、異種光ノードを含む多方路エラスティック光ネットワークの管理・制御基盤技術を確立しました(図3)。
さらに、多方路エラスティック光ネットワークにおける転送効率向上効果について検証するため、新規モデルを構築し、モデルに基づきトランシーバ内部の波長リソースを個々の波長単位で柔軟に活用できる伝送資源割当方式を提案しました。従来型の全帯域固定割当方式(fixed24)および均等固定割当方式(fixed6)と比較した場合、提案手法がデータ転送完了時間を大幅に短縮し、2.6~5.5倍の転送効率向上が得られることを試算で明らかにしました(図4)。

図3 実証システムでの管理・制御フレームワークのシステム実装概要

図4 データ転送効率の試算結果
4.リアルタイム分散データベースシステム
本研究開発では、コンピューティング融合多方路エラスティックネットワークが有する低遅延・高スループットという特性を最大限に活用し、分散コンピューティング環境において高性能かつ高信頼な処理を実現するミドルウェア技術の研究開発に取り組みました。特に、分散データベースにおける一貫性のあるレプリケーション技術および分散トランザクション技術の確立と、それらを活用したプロトタイプ・アプリケーションの実証を目的としました。
基礎技術研究では、障害発生時におけるサービス停止を最小化する同期管理技術、低遅延ネットワーク環境に適した分散インデックス技術、分散クエリ高速化技術、GPUを活用した整合性保証技術など、分散処理の基盤技術を確立しました。
実用化技術研究では、次世代サーバに対応したスケールアップ型のオープンソースDBMSであるTsurugiをベースとして、スケールアウト型の特性を実現するためのデータ処理技術の改善、同期型レプリケーション技術の設計と実装、分散トランザクション機能の設計と実装、データベースとAIの融合技術、PostgreSQLとの連携機能の実装をしました。図5にしめすようなスケールアップとスケールアウトの両軸での拡張性(次世代分散データベース)を持ち、さらにデータベースの高速処理とAI処理を連携した低遅延な分散コンピューティング基盤を構築しました。
さらに、アプリケーション実証として、テレメトリクス解析、e-Science、原価計算、通信請求、金融決済などの多様な分野を対象に検証を行い、低遅延な分散コンピューティング基盤の有効性を確認しました。
今後は、研究成果を国産OSS(オープンソースソフトウェア)データベース”Tsurugi”として公開しコミュニティや社会実装/産業応用の拡大を進めていきます。
本成果は、主にNEC、ノーチラス・テクノロジーズおよび、慶應義塾大学環境情報学部川島英之研究会、名古屋大学大学院情報学研究科石川研究室、東京科学大学情報理工学院宮崎純研究室、大阪大学大学院情報科学研究科鬼塚真研究室との共同実施で達成しました。

図5 OSSデータベースTsurugiをベースとした次世代分散データベースの実現
5.革新的技術研究開発
本プロジェクトでは2030年代に10 Tbps級の光トランシーバが実現可能であることを明らかにしました。革新的技術研究開発では、さらに先の将来を見据えて10 Tbpsを超える光トランシーバを実現するための要素技術について、東京大学大学院工学系研究科竹中充研究室、種村拓夫研究室、東京大学先端科学技術研究センター岩本敏研究室、慶應義塾大学理工学部田邉孝純研究室、東京科学大学総合研究院庄司雄哉研究室の5研究室で次の研究開発を行いました(図6)。
(1) ポリマー光変調器・III-V族半導体薄膜集積受光器の研究開発
(2) 1.5 μm帯InP基板上量子ドット多波長光源および機能集積導波路の基盤技術開発
(3) 光コム光源の開発とその集積に関する研究開発
(4) 集積型光アイソレータの研究開発
(5) 多波長セルフコヒーレント光トランシーバの研究開発
変調器および受光器の高シンボルレート化に向けて、導波路構造そのものの寄生容量を低減することが高速動作の鍵であり、III-V族半導体薄膜構造を用いた光変調器および受光器において、100 GHzを超える変調帯域の可能性を明らかにしました。多波長光源では、広帯域かつ温度特性に優れる量子ドットを波長1.5 µm帯に利得をもつInAs/InP系で作製し、レーザ発振が可能な量子ドット密度と層数を実現しました。SiNマイクロリングデバイスによる光コムと呼ばれる多波長光の一括発生を検討し、従来技術を大きく超える高効率なコム光生成を実現しました。多波長化では分散補償が必要となり、現状のDSPによる電気的な補償では消費電力の増大が懸念されるため、高分散なフォトニック結晶導波路による光レイヤでの分散補償素子の設計を明らかにしました。また、多波長素子をワンチップに集積する際の課題として、チップ内での多重散乱を抑制する低損失な集積型光アイソレータを実現しました。そうした送受信器全体をモジュールのサイズや消費電力を抑制して実現する多波長コヒーレント送受信器の新規構成を提案し、試作モジュールによる有効性を示しました。
10 Tbpsという伝送レートは、シンボルレート×多値度×波長(レーン)数という掛け算で実現されるものであり、各要素を底上げすることでその値は倍増します。例えば本プロジェクトの達成値である12.8 Tbpsからシンボルレートを2倍、波長数4倍に高めることで、12.8 Tbps×8=102.4 Tbpsという伝送レートが実現可能となることが期待できます。

図6 10 Tbpsを超える光トランシーバを実現するための各研究開発の位置付け
6.成果まとめ
本プロジェクトでは、異種材料集積光チップ、10 Tbps級光トランシーバ新アーキテクチャ、多方路エラスティック光ネットワーク、リアルタイム分散データベースを統合し、社会実装を見据えた実証に取り組みました。複数拠点を光ネットワークで接続した環境を構築し、開発した光トランシーバプロトタイプをエラスティック光ネットワークに収容し、波長単位での動的な帯域・経路制御と分散データベース処理を組み合わせたデモ実証を行いました。本デモでは、実フィールド環境での70kmの拠点間伝送、光波長多重下での安定通信、波長パス切替を含む動的リソース制御、リアルタイムな分散データベース処理が可能であることを示しました。
エネルギー効率の観点では、異種材料集積技術や新トランシーバアーキテクチャの適用、さらには今後の周辺技術の進展を見込むことで、2035年における光トランシーバ単体のエネルギー消費を、プロジェクト当初と比較して、最大1/25に低減できる見通しを示しました。加えて、多方路エラスティック光ネットワークによる資源最適化により、データ転送効率は4倍以上が得られる見通しを示し、2035年システム全体で100倍規模の効率向上の可能性を示しました。
3. 今後
今後は、本プロジェクトで実証した光チップ、光トランシーバ、光ネットワーク制御、分散データベース技術をもとに、AI時代の大容量・低電力ICT基盤としての実用化を目指します。
光チップでは、高速・低消費電力・小型という特長を活かし、データセンタ間だけでなくデータセンタ内の用途も見据えて展開します。光トランシーバでは、3.2 Tbps級を超える次世代大容量化に向けた開発を進めます。光ネットワークでは、すでに公開したOSSの普及を図り、さらに必要な通信帯域を必要な場所へ柔軟に割り当てる制御技術を高度化します。分散データベースでは、高速な書き込み処理やAI処理を必要とする幅広い用途への展開を進めます。
あわせて、国際標準化やOSSを通じたエコシステム形成に取り組み、研究成果をより多くの企業・研究機関が活用できる環境づくりを進めます。データセンタ間およびデータセンタ内の双方で利用できる次世代インフラへの社会実装を推進し、将来のAIサービス、自動運転、遠隔医療、大規模科学計算などを支える基盤技術として育てていきます。
[注釈]
※1 SOIウェハ
Silicon On Insulatorの略で、シリコンと絶縁膜(SiO2)から成る半導体基板。
※2 デジタルコヒーレント伝送
信号光の強度と位相両方にデータを重畳する光通信方式。光信号が送信器、受信器、伝送媒体(光ファイバなど)で受ける信号品質劣化をデジタル信号処理回路で補償し、誤りのないデータを復号することを特長とする。従来方式と比較してより大容量のデータを長距離で伝送できることがメリット。
※3 波長可変レーザ
導波路の屈折率を変化させ、異なるピーク間隔を有する二つの共振スペクトルが一致し、干渉により強め合う波長(バーニア効果)を調整し、シフトさせることで、動作波長を可変できる半導体レーザ。
※4 シリコンフォトニクス
シリコン基板上に光素子を形成する技術。シリコンを用いることにより光回路を小型化でき、大規模集積が可能になる。光回路と電子回路の一体形成や製造コストの低減が可能になるなどの特長を持つ。
※5 マッハツェンダ変調器
入射した光を2本の導波路に分岐させ、各導波路に印加する電圧で屈折率を変化させて光の位相を独立に制御し、出口で再合成することで出力光強度を調整する光変調器。
4. 問い合わせ先
(本ニュースリリース内容についての問い合わせ先)
技術研究組合光電子融合基盤技術研究所 E-Mail:petros[*]petra-jp.org
NEC E-Mail:project-tsurugi[*]mlsig.jp.nec.com
ノーチラス・テクノロジーズ E-Mail:contact[*]nautilus-technologies.com
住友電気工業株式会社 広報部 E-Mail:web[*]info.sei.co.jp
1Finity株式会社 E-Mail:1fnty-PETRA_press[*]dl.jp.fujitsu.com
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