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アルメニア/アゼルバイジャン:希望の曲を奏でトラウマを乗り越える少女

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アルメニアとアゼルバイジャン間の係争地、いわゆる“ナゴルノ・カラバフ地域”で9月19日に戦闘が激化。翌日に停戦合意に至ったものの、人々は避難を強いられ、家族は散り散りになり、負傷者の救援も追いついていません。ICRCは、アルメニア側に通じる唯一の陸路であるラチン回廊を使って急ピッチで支援を強化。23日には、小麦粉や塩、調理用油などの食料を含む約70トンの救援物資を届けました。また、負傷者の搬送に加えて、医薬品と遺体袋を地元の病院に提供。保健医療や法医学、民間人保護、武器汚染問題を専門とする職員も増員しました。

この地域の住民は、既に数年にわたり紛争の惨禍に見舞われていて、生活をしていくには外からの支援に頼らざるを得ません。戦闘が激化する数カ月前から、日用品や医療に事欠く状況が続いていました。私たちは、中立かつ人道的な仲介者として、すべての当事者による合意を得て人々のニーズを埋めるべく対応してきました。必要な支援は、アルメニアからはラチン回廊、アゼルバイジャンにおいてはアグダム道路を経由して行われています。

希望の曲を奏でてトラウマを乗り越える

シリアやイラクなど、紛争に巻き込まれた子どもたちの多くは、避難民キャンプでの生活を余儀なくされています。ひどい環境下で暮らざるを得ず、想像もできないような困難に耐えています。しかし、そんな絶望の中でも、人間が本来持っている強靭さに加えて、時を待たずして差し伸べられる救いの手が力となり、数々の物語を生み出します。

数年前にアゼルバイジャンに帰還したマリアムさん(仮名)は、そうした物語を希望と共に紡ぎ出す一人です。「生きているうちは決して希望は失わない」と不屈の精神で彼女は語ります。

マリアムさんは、イラクから帰還した最初のアゼルバイジャン人の子どもグループの一人でした。叔父の家族が彼女と彼女のきょうだいの後見人となり、物質的には満たされていましたが、戦争によって両親を亡くしたことや直接的な暴力を経験したことで、潜在的なトラウマが彼女を苦しめました。

特に、母親の死は、マリアムさんの人生に大きな衝撃を与えました。ブドウの木の葉に肉を詰めた伝統料理ドルマを母親と一緒に作っている時に家が砲撃され、目の前で母親を亡くしました。以来、心に傷を負った彼女は、解離性障害を発症し、周囲と距離をとる状態が長く続きました。そして、母親を失った辛い記憶を呼び起こすドルマを食べたり、作ったりすることがなくなりました。学校へ行くことを拒否し、課外活動も参加することなく、自身を孤立させていったのです。

自分の心とうまく付き合えていなかった時期を経て、彼女の強靭な心は、やがて表に出てくるようになりました。マリアムさんは赤十字国際委員会(ICRC)にコンタクトを取り、心の声に対処することの重要性を知りました。

当初、彼女の親族は心理的サポートを求めることに対して否定的でした。そこでICRCの心理士たちは、マリアムさんが必要なサポートが受けられる よう親族に対して心理教育を行い、信頼関係を築いていきました。

ICRCの心理士によるトレーニングと指導を受けた地元の心理士の献身的なケアと、マリアムさん自身の決意が奏功し、前向きな変化が表れてきました。彼女は心を開いて人と接するようになり、他者との親睦を深めていきました。友達もでき、自身の音楽への情熱に気づきました。

自分は他の人とは違うし、ひとくくりにされたくない。自分ならではの人生を経験したいんです。
マリアムさん

こころのケアを受ける過程で、トラウマに正面から向き合えるようになったのが彼女の大きな進歩の一つでした。最終的に、苦しみや恐怖の記憶に立ち向かう強さを見出すことができたのです。そのうち、マリアムさんは再びドルマを口にするようになり、料理をする喜びも再発見しました。

マリアムさんが体現したように、子どもはどんな境遇にあろうと、苦痛が癒され、成長を遂げ、自身の望みを追いかけられる機会が与えられるべきです。紛争の影響の受けた子どもたちが人生を立て直し、自身を表現できるようにするためには、長期的視野に立った質の高い心理的サポートと物質的な援助が重要性であることを再認識させられます。

ICRCは純粋に人道上の観点から、マリアムさんのように紛争の影響を受けた子どもたちに寄り添っています。また、他国の避難民キャンプや収容施設にいる身内と継続的に連絡が取れるよう支援しています。

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