千葉大学大学院理学研究院の山田 泰裕准教授、音 賢一教授、国際学術研究院の三野 弘文准教授、北海道大学大学院工学研究院の鈴浦 秀勝准教授、京都大学化学研究所の金光 義彦教授らの研究チームは、次世代太陽電池や発光デバイス材料として期待されるハロゲン化鉛ペロブスカイト中の「電子の重さ」を測定し、電子が周囲の格子に及ぼす影響を正確に評価することに成功しました。これにより、ハロゲン化鉛ペロブスカイトが従来考えられてきた以上の高い電気伝導性を示すポテンシャルを有しており、太陽電池やLEDなどのデバイスにおいてさらなる効率向上や新しい分野への応用が可能であることが示されました。
本研究成果は、米国物理学会の国際学術誌Physical Review Lettersに2021年6月11日(米国時間)に掲載されます。
研究の背景
(1)ペロブスカイト半導体の構造と電気伝導性
ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、高効率な次世代太陽電池を実現する材料として注目され、現在世界中で熾烈な研究開発の競争が行われている新しい半導体材料です。ペロブスカイトとは図1に示すような結晶構造の名前で、化学的に堅牢な構造であることが知られています。半導体に光を照射すると、自由に動くことのできる電子と正孔(注1)が形成され、これが太陽電池における起電力をもたらします。電子と正孔はある程度の時間で再結合して消えてしまいますが、ペロブスカイト半導体では消えるまでの時間(寿命)が従来の半導体と比べてかなり長く、これが高い性能を示す主な要因です。また、電子と正孔は再結合するときに発光します。ペロブスカイト半導体は、発光効率も高いため、LEDやレーザーのような光デバイスへの応用も期待されています。
このようにハロゲン化鉛ペロブスカイトは優れた光学特性を示す一方、半導体中を動き回る電子や正孔の速さが従来の半導体と比べて遅く、電気伝導性はさほど優れていないことが指摘されていました。電気伝導性は太陽電池やLEDの効率に関わっており、低いと効率の向上が難しくなります。電気伝導性が低い理由としては、「ポーラロン効果」の関与が議論されてきました。
半導体中の電子はイオンの作る結晶格子の中を動きますが、電子がイオンに力を及ぼす(電子-格子相互作用)ために格子が歪みます。すると、ちょうどスポンジの上に重いボールを置くとボールがスポンジを歪めて沈み込むように、電子は格子を歪めて動きにくくなってしまいます。すなわち、実効的に電子の重さが増大したようになります。このような状態の電子をポーラロンと呼びます。ペロブスカイト半導体の格子は柔らかく、電子が周囲の格子系を歪めやすいと考えられてきました(図2)。
(2)ポーラロン効果の評価に向けた電子の重さ測定
ポーラロン効果を確かめるためには、実際に「電子の重さ」を知る必要があります。電子の重さは、半導体中では電子間やイオンとの相互作用によって真空中に置かれた場合から変化し、さらにポーラロン効果にも影響されるためです。
半導体中の電子の重さを測定するためには、磁気分光(磁場をかけながら行う光学測定)によりランダウ準位(注2)を測定します。これまでにもペロブスカイト半導体でランダウ準位を測定した報告はありましたが、これまでの実験では磁場が高すぎて、サイクロトロン周波数は格子の応答速度(フォノン周波数)よりも早くなっており、このためにポーラロン効果の影響を観測できていませんでした。先ほどのスポンジの上に乗せたボールの例で言えば、スポンジが歪む速さより早くボールを動かしていたために、ボールの沈み込みが観測できなかったということです(図2(b))。
そこで本研究では、サイクロトロン周波数がフォノン周波数よりも遅くなるような弱磁場で測定を行いました。弱磁場ではランダウ準位の信号が弱くなるために測定が困難ですが、高感度な検出システムを構築することにより、正確な電子の重さの観測を試みました。
研究成果
本研究では、ペロブスカイト半導体CH3NH3PbX3(X=I, Br, Cl)を対象に極低温での磁気反射測定によってランダウ準位の測定を行いました。図3に示すように、磁場によってランダウ準位のエネルギーが変化することが分かります。この変化から、ポーラロンの質量と電子-格子相互作用の大きさを求めることができました。また、励起子(注3)準位の測定も同時に行い、高次励起子遷移(注4)がポーラロン効果の影響を受けていることも示しました。本研究は、ハロゲン化鉛ペロブスカイトにおけるポーラロン質量を実験的に決定した初めての成果です。
以上により、ハロゲン化鉛ペロブスカイトのポーラロン効果による電子の質量増大は、他の半導体と比べてやや大きめではあるものの、そこまで極端な差はないことが分かりました。このことから、ペロブスカイト半導体中の電子の質量はさほど大きくなく、本質的な電気伝導度は従来信じられているよりも高い可能性が示されました。
今後の展望
本研究の結果は、ペロブスカイト半導体の電気伝導特性がさらに向上できる可能性を示唆しています。ペロブスカイト半導体の電気伝導特性が改善されれば、太陽電池やLEDなどのデバイスにおいてさらなる効率改善が見込めるほか様々な光電子デバイス応用への道も拓かれると期待されます。電気伝導特性の指標は移動度ですが、ペロブスカイト半導体の移動度測定は安定的に電子を結晶中に導入することが難しいなどの理由で困難でした。千葉大学と京都大学の研究グループでは、最近AC光ホール測定という新しい手法を用いて電子と正孔の移動度を測定し、従来よりも大きい値を報告しています(注5)。この結果も、今回の研究結果を裏付けるものです。
用語解説
(注1)正孔:半導体において、電子で満たされているべきエネルギー準位に電子が不足している状態を示す。この状態では、正の電荷をもつ空孔が存在するとみなすことができるため、これを正孔と呼ぶ。半導体は、バンドギャップエネルギー以上のエネルギーの光を吸収すると、電子と正孔が形成される。これが再結合する際に発光が生じる。
(注2)ランダウ準位:磁場中で電子がサイクロトロン運動(円運動)するときに取るエネルギー準位。サイクロトロン運動を量子化し、連続的なエネルギー分布が離散的なものとなったエネルギー準位が、ランダウ準位である。
(注3)励起子:電子と正孔がクーロン力によって束縛状態を形成したもの。正負に帯電した電子と原子核との類似性から、水素原子と同様のエネルギー準位を示すが、ポーラロン効果があるときには水素原子モデルからの逸脱が見られる。同様に励起子は半導体の光学特性を支配している。
(注4)高次励起子遷移:励起子を光で生成する際に、最低エネルギーの励起子状態だけでなくより高いエネルギーの励起子への遷移が観測されることがある。これを高次励起子遷移と呼ぶ。
(注5)AC光ホール測定による移動度測定:移動度は半導体中の電子や正孔の動きやすさの指標で、ホール効果による測定が一般的。電子(正孔)密度が低い場合にはホール測定は困難だが、より高感度な測定方法として交流磁場を用いたACホール測定が開発されている。千葉大学と京都大学の研究グループでは、ACホール測定と光励起による電子・正孔生成を組み合わせて、ハロゲン化鉛ペロブスカイトCH3NH3PbBr3単結晶の移動度測定を行い、従来報告よりはるかに大きい200 cm2/Vsの移動度を報告した。
Takumi Kimura, Kouhei Matsumori, Kenichi Oto, Yoshihiko Kanemitsu and Yasuhiro Yamada, Applied Physics Express 14, 041009 (2021).(DOI: https://doi.org/10.35848/1882-0786/abf02b)
研究プロジェクトについて
本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)、日本学術振興会の科学研究費助成事業、千葉ヨウ素資源イノベーションセンター(CIRIC)の支援により行われました。
論文情報
論文タイトル:Polaron Masses in CH3NH3PbX3 Perovskites Determined by Landau Level Spectroscopy in Low Magnetic Fields
掲載誌: Physical Review Letters
著者:Yasuhiro Yamada, Hirofumi Mino, Takuya Kawahara, Kenichi Oto, Hidekatsu Suzuura, Yoshihiko Kanemitsu