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【埼玉県旧川本町(現深谷市)】武蔵国を代表する武将、畠山重忠生誕の地で、歴史の香りを味わった

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旧川本町(現深谷市)

日本中では目まぐるしく、日々いろんなイベントがひらかれている。「そんな日本には、どのような土地があるのだろう」と、写真家として活動している私(仁科勝介)は、“平成の大合併”時に残っていた、旧市町村をすべて巡る旅に出た。その数は2000を超える。

今回、地域や自治体、企業の取り組み、新商品などの情報を発信するニュースサイト「ストレートプレス」で、それらを紹介する機会をいただいたので、写真を添えて連載をスタートした。

「ストレートプレス」内に登場するローカルな市町村と、関係があるかもしれない。

今回は、埼玉県旧川本町(現深谷市)を写真とともに紹介する。

Vol.30/埼玉県旧川本町(現深谷市)

深谷市では4つの市町村が合併し、今の深谷市ができている。その中でも旧川本町は、武蔵国を治めた戦国武将として知られる畠山重忠の生誕の地と言われている。橋の名前も「重忠橋」があったり、公園も「畠山重忠公史跡公園」があったり、いかに彼が愛されているかということを肌で感じた。

道の駅かわもとへ。

幹線道路沿いの広い道の駅だった。

重忠橋。六堰頭首工(ろくせきとうしゅこう)と言い、川をせき止める堰と取水口から成り立っている。

荒川だ。霞んでいるのは黄砂の影響。

畠山重忠のお墓。とても立派だった。

さいたま市をはじめ、旧川本町にやって来るまでにも何度か畠山重忠の名前に出会うこともあったが、やはりここが本家だというように感じられた。

「鎌倉殿の13人」で、北条時政と北条泰時が畠山重忠を追い込んでいったストーリー。そのときの畠山重忠の最期は、哀れで仕方がなかった。だから何より、地元の方々に愛されているということを感じられたのは、とても嬉しいことだった。偉大な人物は、ずっと偉大なのである。

(仁科勝介)

写真家プロフィール

仁科勝介(Katsusuke Nishina にしなかつすけ)/かつお
写真家として活動。1996年、岡山県倉敷市生まれ。広島大学在学中に、日本の全1741の市町村を巡る。
『ふるさとの手帖』(KADOKAWA)、『環遊日本摩托車日記(翻訳|邱香凝氏)』(日出出版)をはじめ、2022年には『どこで暮らしても』(自費出版)を刊行。
旧市町村一周の旅『ふるさとの手帖』:https://katsuo247.jp
仁科勝介公式Twitter:https://twitter.com/katsuo247
仁科勝介公式Instagram:https://www.instagram.com/katsuo247/

    

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