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国立大学法人熊本大学

チンパンジーの肝炎治療の経過 ―世界初の治療成功と肝臓癌リスクの露見―

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概要
 京都大学野生動物研究センターの平田聡教授と熊本大学大学院生命科学研究部の田中靖人教授らの研究グループは、かつて医学実験の対象となり人為的に肝炎ウィルスの持続感染を引き起こされていたチンパンジーを対象に、ウィルス除去のための投薬治療を行い、その結果と経過について明らかにしました。C型肝炎ウィルスに持続感染したチンパンジー8個体に、ヒト用に開発された肝炎治療薬を投与したところ、6個体ではウィルスを完全に排除することに成功しました。過去のC型肝炎医学実験モデルだったチンパンジーに、純粋に治療目的で投薬して、治療成功したのは今回の例が世界初です。8個体のうち2個体ではウィルス排除ができませんでしたが、これはウィルスに薬剤耐性の変異が生じていたためと考えられます。また、ウィルスの排除に成功した6個体のうち3個体では、のちの検査によって、肝臓癌が生じていることが判明しました。これらのチンパンジーにC型肝炎ウィルス実験が行われたのは今から30年―40年前のことで、その後の長い年月のあいだに徐々に病状が進行して癌化していたと推測されます。
 本研究成果は、2026年7月20日に国際学術誌「Journal of Medical Virology」にオンライン掲載されました。

1.背景
 現在はC型肝炎ウィルスとして知られる病原体ウィルスは、1989年にウィルスが同定されるまで未知のウィルスでした。この未知の病原体の解明と治療法の確立のため、ヒトに近縁なチンパンジーが医学実験モデル動物となり、人為的にチンパンジーに病原体を注入した研究が行われました。その後、ウィルスが同定され、治療法も進歩して、C型肝炎は薬によってほぼ治る病気となりました。ただ、実験に使われたチンパンジーは、ウィルスに感染したままとなっていました。
 京都大学野生動物研究センターの附属施設である熊本サンクチュアリでは、かつて国内の複数の組織で医学実験の対象となっていたチンパンジーが余生を過ごす場として、動物福祉に配慮して彼らの飼育をしています。2022年時点で8個体のC型肝炎ウィルス持続感染のチンパンジーがいました。平田聡らが2022年に論文として刊行した研究によって、過去に医学実験の対象となりC型肝炎ウィルスに持続感染したチンパンジーは、そうでないチンパンジーに比べて、早く死亡する傾向にあることが明らかとなっていました。
 2022年時点で生存していた8個体のC型肝炎持続感染のチンパンジーについて、もし投薬によってウィルスを排除できれば、彼らの余生を延ばせる可能性があると考え、ヒト用に開発されたC型肝炎治療薬をチンパンジーに投与して治療を試みることにしました。治療薬の購入には高額の費用がかかることから、クラウドファンディングをおこなって資金を集め、計約5000万円のご寄付を頂いて、8個体全てのチンパンジーに投薬をおこなうことができました。

2.研究手法・成果
 対象の8個体について、事前の血液検査によって肝臓の状態を評価し、治療薬と投薬期間を定めました。3個体はグレカプレビル/ピブレンタスビルの8週間投与(ショウボウ、アキナ、ススム)、4個体はグレカプレビル/ピブレンタスビルの12週間投与(サイ、ムサシ、クミコ、キャンディー)、1個体は当初グレカプレビル/ピブレンタスビルの投与をしたものの中間検査で十分な効果が認められなかったためソホスブビル/ベルパタスビル及びリバビリンの24週間投与(ユキオ)をそれぞれおこないました。これらの薬は錠剤で、チンパンジーにそのまま飲ませるのは不可能なので、粉状にしたうえで、蒸かしたサツマイモを団子状に丸めたものやジュースに混ぜるなどして投与しました。
 投薬終了後に採血してC型肝炎ウィルスの有無を確認するとともに、投薬終了後約6か月後にも同様の検査をおこなって、両方の検査でウィルスが検出されなかった場合に治療成功と判断しました。6個体では治療成功となり、投薬によってウィルス排除に成功しました(ショウボウ、アキナ、ススム、サイ、ムサシ、クミコ)。これまでの国内外のチンパンジーC型肝炎医学実験の歴史において、治療薬の開発と効果測定の目的でチンパンジーに治療薬を投与した例はありましたが、医学実験としてではなく、純粋に治療の目的で投薬治療が試みられた報告はなく、今回が初めて、治療の目的でチンパンジーのC型肝炎ウィルスの除去に成功した事例となりました。一方、2個体では、投薬終了後もウィルスが検出されました(ユキオ、キャンディー)。これらの個体のウィルスの遺伝子を解析したところ、薬剤耐性と考えられる変異が検出されました。こうした変異体によって治療が困難になったと考えられます。
 投薬終了後に、全個体の肝臓の状態をエコーなどによって詳しく調べてみると、3個体において、肝臓に腫瘍が見つかりました(クミコ、ススム、ムサシ)。2個体(クミコ、ススム)はその後、肝臓癌が原因で亡くなりました(注:ススムの死亡は本論文投稿より後のことで、本論文には死亡のことは記載されていません)。腫瘍の初発見時にすでに比較的大きなものであったことから、投薬治療の前に既に癌が生じていたと推測されます。
 今回の治療対象の8個体がC型肝炎ウィルス実験を受けたのは今から25年―43年前のことになります。それ以来の長い年月にわたって、こうしたチンパンジーの体内に肝炎ウィルスが存在して、肝臓に悪影響を与えていました。治療に成功したチンパンジーについては、治療後に血液検査で測った肝機能の値が向上していました。投薬が功を奏し、健康な状態を取り戻してきていると評価できます。

3.波及効果、今後の予定
 チンパンジーを対象にした肝炎感染実験がおこなわれていた当時、肝炎ウィルスがチンパンジーに与える影響は軽微なものであると考えられていました。世界的にも多くのチンパンジーが肝炎実験の対象となってきましたが、2022年に平田らが論文で報告するまで、肝炎ウィルスに感染したチンパンジーの寿命が短くなっていることは知られていませんでした。ヒトではC型肝炎から肝硬変を経て肝臓癌になることは広く知られた事実です。チンパンジーでも肝臓癌の症例報告は数例ありましたが、ヒトと同様にC型肝炎感染が癌を引き起こすかどうかは、本研究の前の時点では明確な結論が得られていませんでした。本研究で示された肝臓癌の3個体について、C型肝炎ウィルスの人為的感染から癌の発生まで30年―40年の歳月が流れていました。そうした長い年月をかけて癌化するものであること、さらに、世界的にもチンパンジーの肝炎実験後の追跡調査などがおこなわれてこなかったことなどが、事態が表面化していなかった一因と考えられます。チンパンジーへの肝炎実験研究が行われていた当時、実験後30年―40年を経た将来のことを十分に予見しえなかった事も挙げられます。
 チンパンジーのC型肝炎ウィルス感染をヒト用治療薬で治療可能であると示すことができたのは、ひとつの大きな成果だと考えられます。一方で、薬剤耐性ウィルスの存在や、肝臓癌の発生といった負の側面があることもまた本研究によって明らかとなりました。
 熊本サンクチュアリには、今回のC型肝炎治療対象だった個体も含めて、2026年7月現在47個体のチンパンジーが暮らしています。彼らの健康維持と福祉向上を目指した活動を続けていきたいと考えています。

4.研究プロジェクトについて
以下の2つのクラウドファンディングによって治療薬の購入をおこないました。
(1) https://readyfor.jp/projects/ks_kyoto-u_2
(2) https://readyfor.jp/projects/ks_kyoto-u_3.
日本医療研究開発機構からの研究費も受けました(AMED JP25fk0210172)

<研究者のコメント>
 チンパンジーを対象にした医学実験によって、C型肝炎ウィルスが特定されました。その後の研究の進展によって、有効な治療薬が開発され、ヒトでは多くの患者の方々が救われてきました。一方で、実験対象だったチンパンジーへの治療はおこなわれてきませんでした。過去に実験対象となったチンパンジーの余生と福祉について、目を向けるべき時だと考えています。欧米ではまだC型肝炎ウィルス持続感染のチンパンジーが複数いると推測できます。本研究がきっかけとなって、欧米のそうしたチンパンジーたちの福祉向上に役立てばと願っています。平田聡

<論文タイトルと著者>
タイトル: Direct-Acting Antiviral Therapy and Hepatocellular Carcinoma in Captive Chimpanzees With Long-Standing Chronic Hepatitis C Virus Infection(C型肝炎ウィルス持続感染のチンパンジーに対する直接作用型抗ウイルス剤による治療と肝細胞癌)
著  者:Satoshi Hirata, Etsuko Nogami, Toshifumi Udono, Michiko Fujisawa, Yasuhito Tanaka(平田聡、野上悦子、鵜殿俊史、藤澤道子、田中靖人)
掲 載 誌:Journal of Medical Virology DOI:https://doi.org/10.1002/jmv.71074

【詳細】 プレスリリース(PDF1533KB)

お問い合わせ
熊本大学 総務部総務課広報戦略室
電話:096-342-3269 FAX:096-342-3110
e-mail: sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp

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